時代の流れ

時は刻々と流れ、最近はクリスマスのイルミネーションも見られるようになりました!

私の自宅のある住宅街でも、イルミネーションに力を入れていらっしゃる1区画があり、毎年、楽しませて頂いております(*^_^*)

昔では考えられない光景ですよねぇ。

実は葬儀の世界でも、時代の流れを感じる事があります。

昔は自宅葬が主流でしたが、今ではほとんどが斎場で行われるようになりました。

友引の日に葬儀をしない方が良いとか、お葬式から帰って来たらお清めの塩をまくなどの古い習わしも、最近では無くなってきています。

また、先日のお葬儀での事・・・

社会人のお孫様から、亡くなったお婆様へのお別れの言葉があり、昔の思い出話などを紹介しつつ、故人の優しいお人柄がうかがえるとても心のこもったお別れの言葉でしたが、手にしておられた原稿は、紙に書かれた物ではなくスマホ・・・

昔は巻紙、その後、便箋になり、ついにスマホへ。

決して悪い事ではありませんが、さすが現代っ子!と時代の流れを痛感した瞬間でした。

終活のためのエンディングノートも、あと何年か後には、ノートではなく違った物に残す方法が出てくるのかもしれません。

時代の流れに取り残されぬよう、アンテナを張り巡らせ情報を収集しなければと思っています。

 

 

ことわざ!

頭を垂れる稲穂かな・・・

秋たけなわですね(*^_^*)

行楽にはもってこいの季節になりました。

最近、気になるスポットは平山温泉!

温泉に入って、人情芝居を見てなんと千円とちょっと。

ある方から話を聞いてもうずいぶん経ちますが、なかなか行けないのが現実(@_@;)

ぜひ行ってみようと思っています。

その時は感想を投稿いたします。

さて、本題に入りますが、今日、お見送りしたのは85歳のお父様。

最愛の奥様を20年ほど前に亡くされ、ずいぶんと寂しそうにしておられたそうです。

口数少ない穏やかな御主人と、釣り合いをとるかのように明るく家庭を守られた一つ年上の素敵な姉さん女房。

そこで出てくるのが「一つ年上の女房は金のわらじを履いてでも探せ」という諺。

この「金」の文字を、皆さんは何と読みますか?

私も今日、調べてみてビックリ!

キンではなく、カネと読むそうです。

普通の草履ではすぐすり減ってしまうが、金(カネ)ならばすり減らず遠くまで探しに行ける。それだけの価値はある!という意味。

意味は何となく分かっていましたが、黄金の金!と思っていました(笑)

こんな勘違い結構ありますよね。

故人様のお陰で、正しい諺を知る事が出来ました。

 

 

 

故人の遺志

台風が近づいているらしく、雨の一日でした。

部屋に洗濯物が下がり、少々鬱陶しいですが、連日の猛暑で乾いてしまった土が、一気に元気になったような気がします。

さて、最近では珍しくなってきた自宅葬。

しかし、全く行われなくなったわけではありません。

住み慣れた自宅から送って欲しい・・・との故人の遺志を尊重して、自宅葬で行う方もいらっしゃいます。

確かに、斎場でのお式に比べると、遺族の方はとても大変。

式場になる部屋に置いてある家具類はその他の部屋へ移動して、接待の食事の準備、お参りに来られる方用の駐車場の確保、親戚の宿泊準備などなど(@_@;)

それまでの看病疲れや悲しみをこらえて、御近所の方のお手伝いに感謝しながら忙しく準備をされる姿には、本当に頭が下がります。

通夜と葬儀のこの二日間、遺族の方の心の中にあるのは、故人が満足し旅立って欲しいとの思いだけなのだと思います。

送る人、送られる人、両方が納得できる葬儀にするには、やはり終活を通してしっかり準備しておくことが大切です。

エンディングノートの活用をお勧め致します。

 

 

 

 

 

母を背負いて・・・

やっと、梅雨明けでしょうか。

朝、蝉の声で目が覚めるようになりました。

さて、先日のお通夜の時に御住職が御法話でお話された事なのですが。

「たはむれに母を背負ひてそのあまり  軽きに泣けて三歩あゆまず」

御存知の方も多いと思いますが、これは石川啄木の詩です。

母を背負うぐらい簡単に出来る大人になった自分、ふざけておぶってみたらその軽さにびっくりしてしまった。

母にかけてしまった苦労、今でも苦労は掛け続けている、そんな事を思ったら涙が出てきて、あぁ、こんなたわむれはするべきではなかったと反省して、歩くのを止めた。

こんな解釈だそうです。

親と子供の立場が逆転したと感じる瞬間は、誰もが経験するのではないでしょうか。

私事なのですが、今から20年ほど前、父が急に小さく、そして弱くなってしまったと感じた時があり、あまりにもショックで大泣きした事があります(@_@;)

幸いな事に、親を背負う経験はまだありませんし、父はいまだに頑固で手ごわく、母は優しく元気ですが、確かに出来ない事が年々増えているのが現状です。

一緒に暮していれば、腹が立つことも面倒だと思う事もありますが、あと何年、こうして親孝行の真似事をさせてもらえるのかな~と、真剣に考える今日この頃。

いつかは必ず別れの時が訪れる・・・

その時に、後悔はしたくないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

封筒の表書き

こんばんは(^-^)

台風、今度はきっと来る(-_-;)・・・   外回りを片付け、雨戸を閉め、最後に気を引き締め!

気が付けば、いつの間にか通り過ぎ、あれって感じでしたが、なにはともあれ何事もなく本当に良かった。

さて、今回は封筒の表書きについてのお話をします。

お祝い事やご不幸事に欠かせないのが、お金を入れる封筒。

上手に字が書けないといった悩みは置いといて、ご不幸事での封筒の表書きに悩んだ方もいらっしゃるかと思います。

キリスト教は「献花料」

神式は「玉串料」

仏教では、厳密に言うと宗派によって違うので、どの宗派でも通用する「御香典」が無難だと思います。

最近は、仕事の都合などで通夜に参列する方が多いようですが、その際も「御香典」で大丈夫です。

ただし、熊本では独特の風習があり、通夜と葬儀の両方に参列する方が、通夜には「目覚まし」、葬儀には「御香典」と、分けてお持ちになる方もいらっしゃいます。

また、法事の際は「御仏前」になります。

どうですか?  これまで悩んでおられた方、 少しはお役に立てたでしょうか(*^_^*)

 

 

 

 

また逢う世界

昨夜、久しぶりに仕事ではなく、弔問客として通夜式に参列しました。

故人は82歳のお父様

成人式に娘様が着る振袖を選ぶため、わざわざ京都まで足を運ばれたほどの子煩悩なお父様だったそうで、とても悲しんでおられる娘様のお姿に心が痛みました。

そんなご遺族のご様子をご覧になり、ご導師が法話で話された事は・・・

ある住職が亡くなる時、ご家族に最後に掛けた言葉は「また逢おう」だったそうです。

仏教では、この世を去ることを「お浄土へかえる」、或いは「お浄土に生まれる」と言う言葉で表現をします。

そのご住職も、いつかきっと、お浄土でまた逢える。  その日が来るまで、今はしばらくのお別れだとご家族に言いたかったのだと。

そのお話を聞きながら、ハンカチを握りしめ大きくうなずく娘様は、お浄土でお父様に再会する様子を想像していらっしゃるようでした。

私もいつかきっと、可愛がってくれた祖母や愛犬ハッピーに逢えると思うと、お浄土が少し近くなったような気かしました。

また逢おう!  この言葉、忘れないようにしたいと思います。

 

 

 

 

はじめまして!

今回が、私のブログデビューになります。

お葬儀中心の話題になると思いますが、お暇な時に覗いて頂ければ嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

さて、今日は90歳のおばあ様をお送りいたしました。

祭壇に飾られていた遺影写真。

満開のピンクの薔薇の花をバックに、お気に入りの帽子をかぶり、皇后さまのように上品に右手を上げ、穏やかな笑みを見せていらっしゃるとても素敵なお写真で、ご会葬の皆様も口々に「いいお写真ですね!」とおっしゃっていらっしゃいました。

最近は、好きな場所で、お気に入りのお洋服を着て、納得のいく自分用の遺影写真を準備される方もいらっしゃいます。

これも立派な終活。

皆さんは、どんなお写真になさいますか?